石見神楽に欠かせぬもののひとつに、面があります。<写真1点>これも、和紙でできているというのは驚きでした。その面を作っている柿田面工房を訪ねました。
石見神楽の面も、明治時代までは能面と同じように木製でした。それまで神職が静かに待っていた石見神楽が民衆に委ねられ、動きが激しくなると木製の面では重いとか壊れやすいということがあったのかもしれません。また、「中間表情」といって敢えて感情表現を抑えた能面に対して、石見神楽では登場人物個々のキャラクターを強烈に表現したインパクトのあるものが求められたこともあったのでしょう。それにプラスして、木の面よりも顔と面の間に空間が取れて、息がしやすいといういい点もあるそうです。
演目ごとに登場する役の面の数々。社中によって同じ役でも異なる
木製の面は一本の木を彫りますが、石見神楽の面は「脱活乾漆」という手法で作ります。これは、長浜人形(島根県浜田市)という土人形の作り方からヒントを得たと伝えられています。
大雑把に言うと、粘土で面の型を作り、その上に和紙を貼り重ねて乾かしたところで、中の粘土を叩き壊して外して紙の面だけを残す、という方法です。
土の型は毎回壊してしまって残らないので、その型を作るための石膏型があり、保管されています。同じ演目の役でも社中によって表情が違うので、石膏型はそれぞれにあります。各社中から多くの演目の役柄の面の注文があるので、保管されている石膏型は1000個にも上るそうです。
粘土の型は乾燥すると縮むのでそれを計算して大きめに作るとか、和紙は柿渋の入った糊で貼り付けていくとか、目や鼻の穴は焼け火箸で穴を開けるとか、説明を聞かないと思いも付かないようなコツのようなものがあります。
柿田面工房は、柿田勝郎さんと息子さんの兼志さんのおふたりで面を製作していますが、こうした手法は勝郎さんが独学で工夫してきたのだそうです。
(左)石膏で作った型がびっしりと並んでいる (中・右)面の中の粘土を壊して抜いていく
こうして土台のできた面に、胡粉を塗って白い肌の素地を作り、顔を描いていきます。役によっては、髪の毛や髭を植えて完成させます。近くでよく見ると、目鼻だけではなく印影が、隈取りのようなはっきりしたものや微妙なものなど、役に合わせてつけられています。紙の形だけでも相当細かい凹凸で表情がついているのが、さらにくっきりと生き生きとしています。しかし、勝郎さんは
「面は、演ずる者によってできあがるのだ」
とおっしゃいます。面は、それをつけて神楽を舞うことで、命を吹き込まれるのですね。
柿田面工房の柿田勝郎さん・兼志さん。静かに熱い思いを語ってくださった
それぞれの役柄を象徴する面がこの工房から生み出されている
これを聞いた後、西村社中で鬼の面をほんの少しうつむいた時と顔を上げた時の表情の違いを見せられて、そのことが初めてよく理解できました。面を作る技術や感性と共に、演者の間に伝えられた小さな所作や感情表現がいっしょになって、神楽の奥深い魅力を出しているのです。
わずかな顔の向きで印象が変わる面の不思議。それを演じ分けるのは市井の人だ
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