いよいよGo To トラベルが始まりました。キャンペーンを利用して、早速旅に出た人もいるでしょう。
お客さんを迎える現場の観光地には、スタート時点でまだキャンペーンのきちんとした情報が届かず、お客さんからの問合せの電話があっても答えることができない状態が続いています。というより説明会に参加した人の話では、「制度が未整備だ」ということの説明会とも言えるぐらい。webサイトも未開設、問合せ先は仮の電話のみでメールすらなし、給付の対象となる事業者も未確定(旅行してしまってから、その業者は対象外と言われる可能性もある??)と、常識的に考えて、とてもスタートさせられる状況にはないようです。
たぶん旅先では、それぞれの事業者が適切に対処して、楽しい旅を提供してくれるのだと思います。
しかし、給付金の還付申請のことなど「知りたい旅行者」と「知らない事業者」が現場で出会うのはみんなが不幸です。せっかくのサービスも、せっかくのいい思い出も、それこそ「パッと消えて」しまいます。
ともかく一刻も早くきちんとした制度設計を固めて現場に告知し、混乱を解消してほしいものです。
前置きが長くなりましたが、今回、東京の感染者数が増えているためにいわゆる「東京外し」となったことを詳細に見ていくことで、今後の観光業が安定的に経済活動を続けるにはどうしたらいいかを考えてみます。
7月21日に公開したブログ『With「Go To トラベル」の日本の観光』の 【前編】これからの旅創造に生かそう で、Go To トラベルの意義と今後創造していきたい「新しい日本の観光」について書いています。そちらも併せてお読みいただければ幸いです。
1.「東京 感染拡大!」の現状分析
2.東京とGo To トラベル
3.検査態勢を世界レベルに
4.医療・隔離施設で住民を守る
5.「感染者がいても感染しない」のが感染症対策
1.「東京 感染拡大!」の現状分析
東京を中心とした都市部で、7月になって「1日の新規感染者数」「現在感染者数」共に、棒グラフが目に見えて伸びています。落ち着いていた6月より、感染が広がっていることは、確実です。
いろいろな数字がありますが、現在の状況を把握するために、この1週間の感染者数を見てみましょう。
東京の1週間(7月17~23日)の10万人当たり新規感染者数12.79人
これを計算してみると、0.01279% になります。
発表されている「感染者数」は「陽性判明者数」で、実際の感染者はその10倍とも20倍とも言われていますが、仮に多く見積もって50倍とすると、0.6395% になります。2週間程度は感染させる危険があると考えられているので、その2倍で 1.279%。
疫学上、このような考え方は素人考えなのでしょうが、相当多く見積もっても、都民の約1%となりました。
ということは、少なくとも99%の都民と接触しても、感染の心配はないわけです。
実感としても、大多数の人が「知人が感染した、という人と会ったことがない」のが現実です。
ただ、「だからコロナは恐くない」というのではありません。確実に感染者はいて、その中にはスーパースプレッダーと言われる感染させる力の強い人も含まれて、条件がそろえば何十倍にも広げることもあるようです。
ニューヨークが1週間で景色がガラッと変わったというような、急激な感染爆発が起こるかもしれない。高齢の母や、幼い孫が感染するかもしれない。恐いという感性は失ってはならないし、それがあるからこそ、いい加減でない心構えで感染防止の行動が取れます。
しかし、自分の恐れの感情を優先させて、ファクトを見誤ることがあってもいけないと思います。
この「99%以上は現在感染していないけれど、感染者はゼロではないし、ゼロになることは当面考えられない」という状況を冷静に見て、これから選択すべき道を考えなければなりません。
2.東京とGo To トラベル
Go To トラベルで、東京への旅行と東京在住者の旅行を補助の対象から外したのは、都内の感染者が旅行で他府県に行った先で新型コロナを感染させたり、東京で感染して帰るのを予防するのが目的なのでしょう。要するに、都民は感染させる確率が高いから、補助を出してまで旅行をお勧めしませんよ、ということです。
都民の内、感染している人は、先ほどの計算の通り多く見積もって1%。そこから陽性が判明していて病院や宿泊施設にいる人、自宅等で連絡の取れている人をマイナス。さらに、感染させる時期にある人だけを抽出したら……。
そのわずかな人数を理由に、キャンペーンから1400万人の都民+東京を訪れる人を除外してしまうのは、非合理的ではないでしょうか。危機的状況の観光業界を救う目的に、大マーケットを捨てることは矛盾しています。
特に、関東1都6県、静岡、山梨、長野、新潟の観光への影響は甚大です。
それだけでなく、東京外しをしたために「東京=感染危険」というイメージを全国に定着させ、キャンペーンを利用しない旅行者までも「排除するのが善」と言うに等しい結果を生んでいます。
メディアも、極端な場面だけを抽出して伝えるので、うっかりすると東京の若者がみな無自覚な行動を取っているという先入観を植え付けられてしまいます。ほんとうはむしろ、感染が判明した“接待を伴う店”の関係者は、積極的に検査に協力したために陽性とわかったわけで、「自分が無症候ならいい」と考える人は感染者数には入っていないのです。
「キャンペーンは適用されないけれど旅行は止めませんよ」というのも、詭弁です。
そもそも宿泊施設は旅館業法第五条で、「東京在住だから」という理由で宿泊を拒むことはできません。しかし周囲の人からは、それを暗に求められる板挟みを強いられる状況は、気の毒ではないですか。
また今後、大阪、神奈川……と除外範囲を増やしていく可能性も考えているのでしょか。政府が緊急事態宣言を解除する際に指標のひとつとしていた「1週間の10万人当たり新規感染者数0.5人」を7月24日時点でクリアしていない道府県は、東京以外に28あります。
さらに、どのような条件で東京除外を解除するのか、出口も明示されていません。
これでは、誰も安心して旅の計画を立てることはできず、Go To トラベル本来の意義も失われます。
「みんな気にせず旅に出よう!」と言っているのではありません。
現在の感染拡大の数字の前に有効な手を打っていない状況で、都市部から「感染しているかもしれない人」がどんどん地方に行けば、どこかで感染が起こる可能性は少なくないと考えています。
しかし東京のみの除外は制度の趣旨からも、有効な感染抑制手段としても、好手ではありません。
それならどうすれば躊躇なく旅行ができ、迎える側も安心して「来てください」と言えるかを考えてみます。
3.検査態勢を世界レベルに
感染者の割合は、最も高い東京でもごく小さい数字。それでも、私もあなたも誰がその1人かわからないから、行動を制限しなければならない。それではあまりに不合理というなら、検査をしてその1人でないことを確かめるしかない、と考えるのがごく自然です。
これに対して、検査(PCR検査、抗原検査)ができない理由はたくさん言われています。最もネックになっているのが、感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)だと、専門家が声をそろえて言います。2月、3月時点で検査のキャパシティや資材が不足していたのは理解できますが、現在能力がありながら法律の立て付けが合わないために運用できないのは、いかにももったいなく、不合理なことです。今からでもすぐに国会を開いて検査ができるよう法改正し、諸外国並みの検査態勢をとるべきです。
そうすれば、
感染の可能性の高い塊
↓
他人と接触する可能性のある人(含・旅行者・旅行事業者)
↓
希望者誰も
と検査の範囲を広げて、人に感染させる可能性のある人と、そうでない人とを判別すれば、大多数の非感染者は仕事も勉強も旅行も心おきなくできます。
当然、検査の確精度が100%ではなかったり、検査直後に感染したりで、感染リスクがゼロになることはありませんが、インフルエンザでも内視鏡でもPETでも、100%間違いない検査などありません。誤差をどう埋めるか、改善するかは実施しながら進めるしかありません。検査の正確性が100%でないことが検査数を増やさない理由には、なりません。
逆にそれができなければ、今後戻ってくるはずのインバンドも、日本人の海外渡航も、世界基準から外れて不可能になってしまいます。そうなっては、日本全体が世界の経済復興に置いていかれるだけでなく、孤立してしまいます。
早急に必要な法律改正を行って、淡々と充分な検査を実施しなければなりません。それができて初めて、数だけでなく感染状況のケース分析を行い、対策することで、より安心と信頼のおける社会が得られるのです。
4.医療・隔離施設で住民を守る
旅行者に「来ないで」という理由のひとつに、病床不足を挙げる地域があります。
新型コロナ以前から、都会も地方も病院は常にほぼ満床でないと経営が成り立たなかったし、白い巨塔が崩壊して地方病院の医療従事者不足が深刻だったという、ギリギリの状態は理解しています。その中で、感染に備えてベッドを空けておくことも、重症者に人員を割くことも困難なことはよくわかります。
しかし、新型コロナウイルスはどこで感染するかわかりません。みつかっていないだけで、隣に無症候の感染者がいるかもしれません。旅行者が持ち込まなくても、家族のように親しい人から感染する可能性もあります。たった1人がもしスーパースプレッダーになったら、感染症病床が1桁しかない、隔離施設の用意はない、という地域はあっという間に感染者があふれます。そうなれば、感染拡大は止められません。
新型コロナウイルス患者が日本で初めて確認されてから、既に半年以上。それでもまだ改善されない医療体制では、住民は守れません。(離島のように、気象条件等で交通が遮断してしまうようなところは別の対策が必要ですが)
第一波を医療従事者の職業意識と献身に頼って危うく乗り越えながら、報いてこなかった“実績”の上には、医療機関の協力を取り付けるのは難しいと思います。東京でもだいぶ難航しているようです。
しかし地域によっては、病院や保健所との連携を密にして即応できるよう備えたり、広域連携で助け合える信頼を築いたり、災害時の避難所に準ずるような無症候・軽症者用施設の設置計画を立てたりして備えています。
東京で現在、700人余りの感染判明者が自宅等隔離・観察できない場所で療養しているのは、危険な状況です。
これはもはや旅行の問題ではありませんが、全国どこも、早急に具体的な対策を打たねばなりません。新型コロナウイルスがなくなることは期待できませんし、別のウイルスの出現もないとは言えません。
逆に、もしも感染者が出てもすぐに適切な対処ができるとわかれば、安心して活動できるし、よそから来た人を快く迎え入れることもできるようになります。
5.「感染者がいても感染しない」のが感染症対策
Go To トラベルでは、対象事業者として登録するのに、【感染拡大防止に当たっての措置】として8項目もの要件を満たすことが求められています。とはいっても、観光事業者なら既に対策済みのことでしょう。
数ヶ月売上がなかった上に、アクリル板だの消毒液だのに出費し、掃除や消毒に人手もかかって苦しいと思いますが、それをせずには今後観光業を続けることができないのは確かですから、やむを得ない負担です。
問題は、都市・地方にかかわらず、地域によっては観光関連施設でない場所で、感染防止意識の低いところがあることです。旅行者といっても、必ずしも観光施設だけを利用するわけではありません。例えば、私は旅先で地元資本のスーパーマーケットに立ち寄るのが好きです。その土地の暮らしの様子が、同じ生活者としてよくわかるからです。そこで多くの人が入店時に消毒液を使っていないとか、ブッフェのように陳列されたお惣菜の前でおしゃべりしているとか、トイレにハンドソープや消毒液がないのを見ると、大丈夫かな、と心配になります。
管轄の保健所から感染者が出ていなければ切迫感がなくなるのも理解できるのですが、最も気をつけなければならないのは症状のない感染者で、それは検査以外で見つかる可能性はありません。誰も気付かないうちに安全だと思っていたコミュニティに入り込み、自分が感染させる立場になっているかもしれないのです。
感染対策とは、感染者がいても、他の人が感染しないようにする対策です。
「ここに感染者はいない」という安心感があると、ついそこを勘違いしてしまいがちですが、ほんとうに感染者がいないのなら、対策する必要はないのです。
どこにでも感染者はいる、自分が感染させるかも、という前提で行動するのと、感染させるのは特定の人だと思って行動するのとでは、マインドに大きな差があります。
個人のレベルでは、自分が感染しなければいいので、徹底的に人・物との接触をなくせば解決します。しかし地域のレベルでは、居住者も外来者も「感染者がいても感染しない・させない」行動を平均点で高めなければ、仕事も学びも遊びも含めた日常生活を成立させられないのが現状です。
当然、大勢の中には意識の高い人もいれば、つい羽目を外してしまう人もいます。それも含めて平均点を高めていくことが、地域力なのではないでしょうか。
観光産業はことし前半、一時9割以上の落ち込みになりましたが、少しずつ旅行者は戻ってきています。
現在の感染状況ではまだ以前のレベルに戻ることなどあり得ませんし、感染予防のためにも急激に旅行者を増やして混雑状況を作ることはできません。元の2割、3割、と少しずつ手探りで旅行者も事業者も安全と楽しみを工夫し合いながら、Go To トラベルの助けも借りてこれからの新しい旅のあり方を模索していくときです。
観光産業の特徴のひとつは、地方経済への影響力が大きいということです。それも、一地方の中で経済が回るのではなく、人口の多い都市部から地方へ富が移動します。観光は地方にとって重要です。
その上、人口密集地での感染症のリスクを体験した後には、地方の価値・魅力は大いに高まり、移住や多拠点のライフスタイルにまで関心が向いています。ここで変化した意識は、これまでの人の流れを変えるかもしれません。
新型コロナウイルスは行政区画と無関係ですし、夜行性ではないので“昼の街”でも広がります。若者を好んで取り付くわけでもありません。それなのに、旅行に限って地域を限定したり、年代を特定して制限したりすることに意味はありません。まして、代表者が神奈川県民のグループなら都民も含め全員ウイルスフリーだなど、滑稽な話です。
対策をしているようで本質を見誤るイメージではなく、地に足の付いた実質的な戦略に基づいて、Go To トラベルの政策に魂を入れてほしいと思います。
半分以上の都道府県で1週間の10万人当たり新規感染者数が0.5人を超えている状況で、再度の緊急事態宣言も取り沙汰されているようです。このまま急激なペースで感染が広がるのであれば、その可能性もあるでしょう。
しかし前回のように宣言を、自粛を求める根拠にするだけでは、何度繰り返しても新型コロナウイルスと共にある社会は手に入りません。半年間に得た知見と、時間がもたらした技術的、物質的余裕を背景に、検査の飛躍的な拡充、医療体制や機器の整備をし、社会として新型コロナウイルスに対応する力をつけた上で、ひとりひとりが気をつけることでしか、必要な活動が可能な暮らしを手に入れることはできません。
こうしてみると、観光を考えることは他の産業にもそのまま当てはまるところが多いのがわかります。
Go To トラベルの開始と感染拡大が重なったことは不幸でしたが、そのために見えてきたものを奇貨として、2020年後半、そして来年に向けて新しい旅、新しい暮らし、これからの経済をつかむきっかけとしたいと願っています。
本稿にご意見やご質問がありましたら、ぜひメールでご連絡ください。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
旅LABO本郷 柳澤 美樹子
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