top of page

アフター・コロナの観光 ~3つのポイント

更新日:2022年6月24日

 ことし1月から顕在化した新型コロナウイルスの影響は日本の観光を直撃し、東京商工リサーチが5月8日に発表した時点で既に宿泊業の事業者29件が経営破綻しています。これは破産や民事再生を申し出た数ですので、その裏には静かに営業を閉じた多くの旅館・ホテルの数が隠れています。美術館・博物館・資料館を始めとした見学施設、レジャー施設等も、休館・休園によって収入が断たれ、再開の力を失っているところもあります。

 観光はいかに平和と安定の上に成立する産業であるのかが、浮き彫りになりました。

 この経験によって、いかに平時の自由さや「不要不急」を包摂するゆとりが大切だったかも、肌で感じました。

 現在、緊急事態宣言が多くの地域で継続されているものの、13の特定警戒都道府県以外の県では徐々に警戒が緩められ、雪解けのように人の活動が始まっていくと考えられます。まずは手近なところから遊びに出かけるでしょうし、満を持して出張に出るビジネスマンも動き出します。

都内の身近な自然・等々力渓谷も自粛要請中

 ただ、人々は以前に戻って動き出すわけではなく、感染を警戒する気分や、約2ヶ月間に身についた「密閉・密集・密接」を避ける行動をもった、数ヶ月前とは違うマインドの旅行者あることを忘れてはなりません。特に大都市圏の人は、警戒感の多少にかかわらず、感染防止行動が既に習慣になっています。

 これから始まる観光は、「これまでと変わらぬおもてなし」では受け入れられないものになっていくでしょう。

 観光は、常に「選ばれる」ことで成立します。この新型コロナを切り抜けた後にどうやって選ばれる観光地になっていけばよいのか、下記3つのポイントを考

えました。

   1.分散と高付加価値

  2.「日常」との融合

   3.地元に愛される観光

1.分散と高付加価値


 これまで日本の観光は、好むと好まざるとにかかわらず、一定の時期に一気に多くの人が集中して訪れることで成立していました。年末年始、GW、お盆休み、シルバーウィークと、ハイシーズンの週末の、年間120日程度。宿泊以外は、10~17時

 目指す場所も重なるので、必然的に交通機関でも目的地でも混雑することになります。

 ソーシャルディスタンスが身についた観光客は、それでは居心地が悪くなります。

 それなら観光地は、「分散」と「高付加価値」という戦略に出てはいかがでしょう。

 幸い、自粛・在宅勤務によって「月~金曜の昼間に会社にいなければ仕事できない」というオフィスワーカーの呪縛が解け出しています。勉強も、今年度はオンライン授業でスタートしている学校が数多くあります。

 以前から星野リゾート代表の星野佳路さんが提唱している、「大型連休を地域ごとにずらして設定する」という休日の分散化も、国全体で積極的に考えるべきだと思います。

 そのような社会状況と共に、観光地側も来訪者を分散させる方法が考えられます。

 例えば、

○施設の入場に、余裕をもった人数制限をかける、予約制にする

○これまでに提供していなかった時間(早朝・夜など)の魅力を開発して、受け入れ時間を長くする

○既存以外の新しい目的地を発掘して磨く

というようなことです。

 それでは、短期に大人数を迎える経済効率を失うことになってしまう!

 そこを埋めるのが、高付加価値です。

○ハイシーズンだけパートやアルバイトを雇用していたのを、通年正規雇用にしてより専門性や熟練度を上げる(当然、柔軟な勤務体制を用意)

○より深く楽しんでもらうために、専門ガイド、インタープリターを充実させる

○「日の出の時間にしか見られない」といったプレミア感を創出

といった工夫で満足度を上げると共に、時間単価を上げていきます。

 人・時・場の分散によって、観光地側は年間通して安定的な収入を見込むことができ、トップシーズンに台風が来て年度売上1割減、というようなリスクも抑えられます。また、観光地同士、事業者同士に「選ばれる」ための適正な競争が生まれ、よりサービスが磨かれます。

 観光客は、短時間に詰め込む旅ではなく、時間をかけてゆったりとその土地を体験することになります。それによって、その土地への愛着が湧き、ファンとなってリピートする可能性が出てきます。また、時間にゆとりをもつために、これまでより長期滞在しようという意欲に結びつきます。

 もちろん、富裕層だけでなくさまざまな選択肢をそれぞれの事業者が工夫して、多様な利用者に向けたサービスができます。ターゲットを分散することは、地域としてのリスクヘッジともなります。インバウンドが大多数など、偏った集客をしていたところが今回、真っ先にダメージを受けたことを忘れてはなりません。


2.「日常」との融合


 これまで、「旅は非日常を求めるものだ」ということが当然のように語られてきました。旅行が年に一度の家族の夏の思い出だったり、一年の仕事のご褒美だったりした時代にはそうだったのでしょうが、いまや、そのような需要はごく少なくなっています。

 その上に、「仕事や勉強って、どこでもできるんだ」ということをはからずも体験してしまった人たちには、旅先もまた職場や教室になり得る可能性を見いだしたはずです。

 「いつもの日常を、旅と重ねることができる」

 これは、残業時間を減らすとか、生産性を上げるとかいうレベルを超越した、働き方の変革です。そして、都市集中から地方への分散の足がかりの一つともなります。私自身、約7年間長野県を仕事の根拠としていた経験があり、以前から機会あるごとに「リゾートオフィス」の魅力と有用性を力説してきましたが、ここには大きな可能性があり、商機になります。

 このときになくてはならないのが、「仕事」だけではなく、都会では得がたいようなプライベートタイムの充実度です。例えば趣味、例えば家族といった、忙しさに埋没して手放しがちなものを「ここなら存分に楽しめる」という実感です。それをよりハイレベルで実現することが、これから各地の間での競争になると思います。

 工業団地を整備して、大企業を誘致する。それもスケールが大きいですが、人の日常が緩やかな形で地域に入ってくると、その需要に応えて新しい産業が生まれ、雇用も創出されます。これまで都会にしかないとないと思っていた情報や技術が人と共に入ってくれば、子どもたちもそれに触れる機会が増え、未来の選択肢が広がります。

 そのような近い将来のために何ができるか。地域の新しい課題です。


3.地元に愛される観光


 新型コロナによって、あらゆるサービス産業はこれまで欠かすことのなかった「ぜひ来てください」のことばが言えないという、決定的な制約を受けました。これまで事業者、行政などがどれほど「来てください」をどう伝えるかに腐心し、資源を注ぎ込んできたかを目の当たりにしてきたので、せつない思いです。

 しかし、新型コロナで数少ないプラスの現象に、これまで顕在化していなかった「身近なお客さん」の存在があります。

 東京では、外に出ればUber EATSの自転車が西に東に走り回っているのを見かけます。先日取材した浅草の飲食店では、「歩いて来られる範囲のお客様のありがたさを、身にしみて感じました」とおっしゃっていました。大都市から行けなくなった観光スポットには、地元の人の姿が見られたのではないでしょうか。

 従来、都市部や海外からのお客さんに目が向いて、宴会需要ぐらいしか意識されなかった「地元」ですが、こういう非常時でなくても、近場で気楽に楽しめるところとして日常的に利用してもらえれば、オフシーズン、平日といった期間にも入込が期待できます。これも、「分散」のひとつですし、ターゲットを広げることになります。

 今回、県外ナンバー車の損壊やあおりといった悲しい事件がありました。これまで、いい思い出を持ち帰ってほしいともてなしに心を砕いていた多くの方々の努力を、木っ端みじんにしてしまいました。

 ただ、そのようなことをした人はきっと、日ごろから他所の人が来ることで地域がよい影響を受けているという実感がなかったし、人がわざわざ来るほどの価値が地域にあることにも気付いていなかったのだと思います。

 観光で“外貨”を稼いで納税するだけでは、地域の人の心への浸透は望めません。

 まず地元の人に地域の観光的価値を体験して理解してもらう。それによって、誇りをもってもらう。そうすれば、ことし車を傷つけた人も、来年にはよそ者に我が町自慢をしているかもしれません。

 さらに、地元の人と外来者との接点を演出することで、理解や交流につなげていく。

 そのようなことが観光収入の安定にも、地域の豊かさにも結びつくのではないでしょうか。

終わりに

 これを書いている5月11日時点で、自粛という感染拡大対策から抜け出す目途は見えません。少しずつ人々が動き始めることは止められないでしょうが、かといって観光がすぐに息を吹き返すとは期待できません。将来の観光を語るより、きょうをどうするかの方が、現実的な問題です。3つのポイントも、「Go To ○○」のような絵に描いた餅かもしれません。

 しかし、ペスト危機の後にルネサンスが起こったように、新型コロナウイルス感染症の後には人々の内から起こる変化が必ずあるはずです。人が動き始めたとき、単に2019年に戻るのでは、その人たちの潜在的な欲求に応えることができなくなってしまいます。「次にやってくるお客さんは、何を感じ、どう楽しむだろう」と想像しながらきょうを生き抜くのも、希望につながるのではないでしょうか。

 3つのポイントを掲げましたが、そこで言ったのとは逆に、例えば「二晩連続ではとても食べられないような、贅沢で盛りだくさんのお料理で、この一泊二日だけを存分に楽しんで帰ってもらう」、「極限まで付加価値を削って、低価格のサービスを提供する」というような方法で満足を得る事業もあると思います。多様性があるほど来訪者には選択肢が広がるし、地域としても強くなります。

 具体的なアイデアにまでは言及できませんでしたが、もし参考になる部分がありましたら、今後に生かしていただければ幸いです。

 ご意見やご質問がありましたら、コメント欄かメールでご連絡ください。

 最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

旅LABO本郷 柳澤 美樹子

閲覧数:1,552回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page