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執筆者の写真旅LABO本郷 柳澤美樹子

動物思いの畜産業-黒富士農場



「アニマルウェルフェア」ということばを聞いたことがありますか? 日本語では「家畜福祉」とか「動物福祉」と訳されていますが、あまりピンとこないですね。要するに、家畜として飼養している動物が、健康で苦痛なく生活し生を終える、ということです。 「自然と共生する持続可能な畜産」を追求して養鶏業を続けている、農業生産法人黒富士農場(山梨県甲斐市)を見学する機会があり、アニマルウェルフェアとはこういうことか、と体感することができましたので、みなさんにもお伝えします。



のびのび自由に過ごす、平飼い放牧の鶏たち


 標高約1100mの自然豊かな環境に立地する黒富士農場では、

○有機畜産により、人が安全な食品を食べられる

○循環型農業で環境保全を図る

○鶏たちを満足度の高い飼養環境におく

ことによって、「人も動物も満たされて生きる」ことができるよう、さまざまな取り組みをしています。

 案内していただいたのは、向山一輝さん。兄の向山洋平さんと共に三代目として農場を経営しています。


 最もわかりやすいのが、鶏の平飼い放牧です。

 「平飼い」というのは、鶏をケージに入れずに鶏舎の中を自由に歩ける状態で飼うこと。「放牧」は、さらに鶏舎から外まで出られるようにして、土や草をついばみ、日光も浴びられる飼い方です。

 黒富士農場では1991年から本格的に平飼いを始め、現在18鶏舎・7万羽の鶏のほとんどがこのような飼養方法で暮らしています。(現在3鶏舎のみケージ飼いが残っているが、廃止予定)


 日本の採卵のための養鶏場というと、ズラリと何段にも並んだ狭いケージに鶏が1羽ずつ入れられ、首の先に餌入れがあるだけで身動き取れず。卵を産むと下の段でキャッチして、一度も人間が手を触れずに出荷されていく、というオートメーションのような光景がイメージされます。しかしEUでは既にケージ飼いは禁止され、アメリカでも2021年には全体の1/2にまで縮小されているそうです。一方日本では、95%がケージ飼いなのが現実です。

 一生運動できない環境より自由に歩けた方が鶏にとって幸せだろうことは想像できますが、運動してストレスのない生活をしていると免疫力がアップして健康を保つことができ、抗生剤などの薬の投与も抑制できるのだといいます。食用の家畜には、なるべく薬を飲んでいてほしくないのは、(厚かましいですが)消費者の願いです。


 アニマルウェルフェアに敏感な国からは、ケージ飼いでは「畜産のあり方に倫理的に問題がある」と判断され、輸出できない例も出てきていて、将来的に国際競争力をもたなくなります。

 卵の場合はまだトレーサビリティ(原料・生産から最終消費段階までの追跡可能性)が確立していないでしょうが、その内、ケージ飼いの卵を使った加工食品まで輸出しづらくなる日が、来るかもしれませんね。

 日本では、毎日食べている卵がどんな環境で暮らす鶏から生まれているかを考えるチャンスはほとんどありませんが、近い将来、国際的な基準から、飼養方法を抜本的に見直す必要が生じてくるのでしょう。



においが気にならない、堆肥のプラントも


 ふつうの鶏舎を見学に行くと、なんとも言えないにおいに閉口するものです。しかし、ここ黒富士農場ではなぜか気になりません。

 それは、農場の中の堆肥センターでつくっている「完熟堆肥」の働きによります。


サラサラでほぼ無臭の堆肥

 ここで作っている堆肥は2種類。

○BMW技術と、お茶殻をつかった「BM活性堆肥」

○100%鶏糞の「グリーンスタッフ」


 BMWは、B=ビタミン、M=ミネラル、W=ウォーターです。放線菌を含んだ農場周辺の木々の落ち葉、敷地内を流れる湧水の天然ミネラルなどと共にゆっくりと発酵させると、においもなくフワッとした完全堆肥になるのです。

 鶏舎の床にはこの堆肥が敷き詰められます。雌鶏は生後70日で農場に来て、540日間=約1年半を鶏舎で過ごして卵を産みますが、その間、堆肥を入れ替える必要はありません。鶏の糞尿は、すぐにどんどん分解が進んで清潔さを保つのです。


 堆肥は養鶏場で使われるだけでなく、有機農業を手がける農家にも販売されて利用しています。次に述べるように、飼料にも遺伝子組み換えの原料を使っていない鶏の堆肥は、有機農法に不可欠だけれど、入手しにくい貴重なものなのです。




安全で健康的な飼料で健康管理


 採卵用の鶏の餌は、主原料となるトウモロコシや大豆と、それにプラスするビタミンやミネラル、アミノ酸などを含んだ副原料とがあり、9:1の割合で配合されています。

 主原料は、世界中から遺伝子組み換えでないものを探し、トウモロコシはアメリカの農場と提携し、大豆はラオスの地方都市からフェアトレードで仕入れています。

 そこに、おからや米糠、海藻の粉末、牡蠣殻、山梨大学と敷地内で共同研究しているクロレラ(下右の写真)など約10種類の素材をブレンドして発酵させた、オリジナルの飼料を加えて給餌することで、鶏の健康を維持しています。

 鶏が健康ならば、それが卵の味わいに反映され、また人間に対しても安全なのです。



 黒富士農場からは、管理方法や飼料の違いなどで数種類の卵が出荷されています。その中で最も貴重なのが、「リアルオーガニック卵」です。

 オーガニックを名乗るには、鶏が口にするもの、暮らす場所などさまざまな厳しい基準をクリアして「有機JAS認証」を取得しなければなりません。そのような高いハードルがあるので、2007年にこの農場が認証を取得したのは採卵鶏で初めてでした。

 現在も、1棟のみの鶏舎で手塩にかけて採卵されています。

 おいしくて栄養価の高い卵は、心身共に健康な鶏からしか生まれません。そのためには、人間の研究と経験と努力が欠かせないのですね。



おいしい卵から作られる加工品



 卵は主に、生協などのルートで、安全な食材に高い関心をもつ消費者に届けられます。オーガニックまで徹底されていなくても、放牧卵やハーブを配合された飼料で育った放牧卵など、5種類の卵を出荷しています。


 卵そのままだけでなく、バウムクーヘンやカステラ、シフォンケーキ、シュークリーム、アイスクリームなどのスイーツにもなっています。おいしい卵の持ち味を生かすレシピが工夫されているので、どれも濃厚で滋味のある卵が楽しめます。

 また、親鶏は採卵期間を過ぎると食肉用に出荷されるのですが、健康に育てられた「放牧鶏のお肉」として精肉で販売されたり、さらにそぼろやつくね、ソーセージ、レトルトの煮込み料理といった加工食品になったりと、高い付加価値がついています。

 卵や加工品は、黒富士農場から直接送ってもらうこともできますし、山梨県内にある4店の直営店でも購入できます。( http://www.kurofuji.com/shop/



ヒトどころではない感染症への緊張感


 最初に放牧されている鶏について書きましたが、実は黒富士農場を訪れた際、私自身は外でのびのびと遊んでいる鶏を見ることができませんでした。ちょうど前日に、秋田県横手市の養鶏場で鳥インフルエンザが確認され、感染防止のために鶏を鶏舎から出せなくなってしまったのです。

実は、見られたのはこういう状況でした(これも望遠レンズ)

 それだけではありません。私たちも決してウイルスを持ち込むことがないよう、防護服をすっぽり着て見学に臨みました。

 万が一鳥インフルエンザが発生すると、家畜伝染病予防法に基づいて、その養鶏場の鶏は全羽殺処分しなければなりません。さらに、そこから数km~数十kmの範囲の養鶏場では、鶏や卵の移動の自粛が要請されます。鶏もかわいそうですが、それまで大事に鶏を飼い、大きな経費を投入してきた養鶏場の経営上も大きな危機です。

 2年にわたって全世界を揺るがしている新型インフルエンザのウイルスは人が運びますが、鳥インフルエンザは渡り鳥など空を飛ぶ鳥が運ぶところが、さらにたいへんなポイントです。パスポートなしで時には何千kmも飛び、ちょっとしたすき間から鶏舎に入り込んで餌を食べたり、糞を落としたりする、厄介な媒介者なのです。

 感染症の切迫感が、白い防護服に身を包むことで、実感をもって迫ってきました。



アニマルウェルフェアということ


 今回、アニマルウェルフェアという価値観を知り、それをたいせつにすることで畜産業の未来を見つめている人と出会えたことで、食に対する思いも深くなりました。

 「食べることは、命をいただくこと」。それはよくわかっていたつもりでしたが、より実感をもって感じます。


 歳を重ねていくと「死」が具体的になっていくせいか、身の回りにお肉を食べなくなった人が何人かいます。私はそこまでナイーブではなく、おいしいものなら何でも食べてしまうのですが、心情的にはわからぬでもありません。しかし、肉食から撤退することがこれからにつながるわけではありません。


 黒富士農場では自社でさまざまな研究開発を行っているだけでなく、他の大学や企業と共同研究もしています。また飼料を通して地域の農業とも協働し、アニマルウェルフェアの普及、さらに子どもたちへの自然・農業教育も進めています。

 山梨県では「アニマルウェルフェア認証制度」を創設し、採卵鶏、肉用鶏、豚、乳牛で実践している農場を認証したり、研修会を行ったりして推奨しています。

 これまでほとんど知る機会のなかった分野でしたが、エネルギーが否応なく再生可能エネルギーにシフトしていくように、畜産業も効率一辺倒では持続できないことがよくわかりました。

 動物の命の尊厳と幸福を守りながら、人間の安全でおいしい食糧を確保していくことは、生産者だけでなく消費者としても意識的に取り組んでいかなければならないことなのです。




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