火山の上に暮らす島・伊豆大島(3/3)

最終更新: 2019年12月10日


32年前の噴火の跡も生々しい三原山(山頂口展望所から)

火山と共存して生きる


 大島が火山だということを最も感じるのは、やはり三原山。直近では、1986年11月15日に噴火が始まり、19日には溶岩があふれ出し、21日には第2の噴火で山腹の割れ目から列になって噴火する様子が連日テレビ中継されました。

 さぞやその時は恐くて不安だったろうと想像していたのですが、噴火が始まった頃、夜になると闇夜にマグマが赤く噴出する様子がきれいで、展望所は見物人でいっぱい。道路は渋滞したそうです。36~40年ごとに小規模な噴火を繰り返している大島では、一生に2回程度噴火を経験する計算で、いちいち震え上がってはいないのです。

 むしろ、こんな地球のショーが見られるとあれば観光客が増えて活性化する、というぐらいの意識なのです。

 前回は予想を超えて溶岩が外輪山の外まで流れ出して全島避難となり、1ヶ月間帰れなくなってしまいましたが、次はいつだろうと警戒半分、楽しみ半分に思っているのだそうです。



三原山のカルデラを歩く


 外輪山と言いましたが、元の三原山は富士山のような成層火山だったのが、大噴火や陥没を繰り返してカルデラになりました。現在見られる三原山は、安永6年(1777)の安永の大噴火でできたものです。

 カルデラの中を歩くと、植物が生えているところといないところが分かれているのに気付きます。噴火の後にはすっかり草木が失われるのですが、風や鳥に種が運ばれてきたりして徐々に根付き、徐々に草原、灌木の原になっていくのです。最初に戻ってきたのは、ハチジョウイタドリで、そこからの落葉が土となって保水するようになり、ススキなどほかの植物が増えていったそうです。

 三原山のマグマは玄武岩質で、粘度の低いサラッとしたものです。このマグマが上昇し、冷えて固まる時に中の水分などが蒸発して小さな穴がたくさんあいた、スコリアというガラガラとした石となって降り積もりました。こんなものが降ってきたのですね。いざというときのために、シェルターも用意されています。

 流れた溶岩の先端部分には、縄目のように固まった溶岩も見られます。ハワイ語でパホイホイ溶岩と言われるもです。流れが目に見えるようです。

 三原山の斜面に目をやると、32年前の噴火で流れ出した溶岩の跡が黒々と見えます。目をこらすと稜線に三原神社が見えますが、噴火の際、近くの岩ひとつで溶岩の流れが変わり、被災しなかったというのが、神がかっていますね。




大島の温泉と水



 火山の恵みといえば、温泉。大島にも温泉があります。宿泊した大島温泉ホテルも三原山温泉のお湯が楽しめました。三原山の山容を眺めながらの露天風呂、雄大ですね。

 このホテル、浴場のカランや客室の洗面所のお湯は温泉です。もちろん、浴槽のお湯は源泉かけ流し。それだけ温泉の湧出量が豊富なのです。

 しかし、これには反対に水の確保が難しいという面もあります。

 大島の水道は地下水でまかなわれていますが、あまり潤沢ではありません。川や湧き水がないので、水は貴重なのです。

 温泉が使えるところなどはごく一部ですから、島の生活では水の確保が重要。かつては屋根に降った雨を貯めて、洗い物などに使っていました。その貯める場所を「井戸」と呼んでいたというのが興味深いですね。

 旅行者としては、水の貴重さというのも普段の暮らしとは異なる部分で、大島を知るポイントのひとつです。言われなければわからないので、例えば新規に導入するなら節水型トイレを積極的に入れるとか、蛇口に節水コマを使うとかしてそのことを伝え、滞在している間は気をつけて節水するようにするというのも、旅の「非日常」体験になるのでは。

 日頃の暮らしと同じものを提供するのばかりがサービスじゃない、という考え方は、ダメでしょうか。


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